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FFGによるS銀行の買収は、S銀の親会社である金融持ち株会社・KSHDを清算し、KSの株主に株主責任を求めるという、過去に類例のない、ハードな手法が取られた。 KSHDと、FFGが経営統合すると発表したのは二00七年五月二四日である。

KSは傘下のS銀行とカード会社のSディーシーカードを、FFGに売却。 FFGは買収の対価として、KSに最大七六0億円を支払う。
KSは子銀行の売却後、清算手続きに入る。 最大七六0億円となるS銀とカード会社の売却益に、資本準備金などを加えた残余財産が株主に分配される。
分配方法は、国(三00億円)と投資ファンドのJ・W・P(二三0億円)が持つ優先株、計五三0億円が普通株に先立って支払われるというのが骨子だ。 この分配方法が明らかになると、株主たちは憤慨した。
売却代金七六0億円のうち五三0億円は優先株の支払いにあてられ、残る二三0億円が普通株の分配原資である。 普通株の分配額は、一株当たり五0円程度。
この金額では、それぞれの株主が株式を取得した金額(H簿価)を大幅に下回ることになる。 しかも、J社は、何を隠そう、H銀行が出資する投資ファンドだ。
二00六年一0月、H銀がKSの普通株式約七0億円分を引き受けて、二了六%の筆頭株主になったとき、資本増強の名目で二三0億円分の優先株を引き受けたのがJ社だった。 わずか一年で、J社は、消滅する銀行持ち株会社から出資額を全額回収するという離れ技を演じてみせた。
J社に対して二三0億円が優先的に支払われることにより、普通株主への分配額は、自動的に減るわけだ。 買収金額七六0億円のうち、二三0億円がH銀HJ社側に還流する。
こんなハゲタカファンドもどきのカラクリを、株主は当初は、気づいていないようだつた。 だが、金融界には、投下した資金を早期に回収するための「H銀行とJ社のデキレース」との、冷ややかな見方が定着していた。
KSHDは傘下にS銀行を持ち、S銀はK銀行を合併したことから、両行の株主が株式移転で持ち株会社の株主になった。 S銀行は二000年八月、二二六億円の第三者割当糟資を実施。

長崎県内の取引先、二二五三社に一株一三0円で割り当てた。 一方、K銀行も同年一月、一0二億円の第三者割当増資を実施。
長崎県や福岡県の取引先、一0一五社に一株三00円で割り当てていた。 支庖長などに頼まれて、しぶしぶ増資を引き受けた中小・零細企業にとって、三00円、あるいは三一0円で購入した株券が五0円程度にしかならないというのでは、踏んだり蹴ったりである。
誤解しないでほしいのだが、株主たちが憤ったのは、損をしたからだけではない。 株主を切り捨てるという、その冷酷なやり口に対してだった。
株主たちは、従来と同じ方式で買収されると信じていた。 これまでの企業合併は、旧会社法に基づき、消滅会社の株主には、存続会社の株券を交付する方式が取られてきた。
KSHDが、FFGに統合された暁には、消滅するKSの株主に、FFGの株券が交付されると信じて疑わなかった。 S銀行の買収発表に先立つ一ヵ月前の二00七年四月、FFGはH銀行とKファミリー銀行の金融持ち株会社として設立された。
この統合には、株式移転方式が採用された。 買収は二段階方式。
まずH銀行はKファミリー銀行が抱える公的資金一ニ00億円を肩代わりして子会社化。 次に、FFGの株式が、H銀一株に対してKファミリー0・一二七株の割合で割り当てられた。
両行は持ち株会社の完全子会社となり、両行の株主は、改めてFFGの株主になった。 ここでは従来の買収の方法が踏襲された。

だから、KSHDの株主は、FFGの株式が、当然、割り当てられるものと思っていたのだ。 ところが、KSHDの株主には、FFGの株券は、一株たりとも割り当てられなかった。
KSの株主は一株当たり五0円(最終的には五五円)の手切れ金をもらうだけ。 KSの株主でなくなるだけでなく、FFGの株主にもなれないのである。
KSの株主を完全に切り捨てる形でS銀行の買収は強行された。 なぜ、S銀行の買収に、Kファミリー方式が採用されなかったのか。
FFGのT社長(H銀行頭取を兼務)の発言が、その理由を端的に示している。 「一義的にはS銀行の支援であり、規模拡大を狙った戦略的統合であるKファミリー銀行のケースとは違う」Tの発言の真意を九州の有力地銀の役員が解説してくれた。
「Kファミリーは、H銀行の熊本進出という経営戦略に基づき、H銀から仕掛けた買収だった。 だから、公的資金を肩代わりして、Kファミリーの株主にも、FFGの株を分け与えた。
しかし、S銀行は、長崎進出を意図して買収したわけではない。 地域の金融システムの安定化という大義名分のもと、金融庁に頼まれたから、しぶしぶ買収したのだ。

したがって、公的資金を肩代わりするつもりも、FFGの株式を付与するつもりもない。 文句があるのなら、金融庁に言ってくれ、という意味だ」。
たしかに、金融庁の秀才官僚が、机の上のプランとしていかにも考えそうなスキムである。 目的はズパリ、公的資金の回収である。
S銀行がK銀行を統合する寸前の段階で、金融庁がK銀行に三00億円の公的資金を注入した。 だから、国はK銀行の優先株を保有していた。
最善の方法は、株価が上がったときに、優先株を普通株に転換し、その普通株を株式市場で売却することだ。 しかし、株価が取得価格を大きく下回っているときに、持ち株を売却すれば売却損が発生して、国民の税金の負担を増やすだけだ。
この手は使えない。 次善の策は、有力銀行に公的資金を肩代わりしてもらって、有力銀行側から回収する方法だ。
しかし、公的資金分を肩代わりしたうえに、Kファミリーを買収したH銀行のような事例は、むしろ少数派。 だから、公的資金を背負うような買収には、どこもが二の足を踏む。
そこで第三の方式が捻り出された。 株主に公的資金を負担させる方法だ。
「S銀行方式」という名前がついた。 買収した対価の中から優先的に公的資金を回収するのである。
買収する銀行は、公的資金を肩代わりしなくてよい。 その代わり株主には泣いてもらうことになる。

株主に負担を強いる「S銀行方式」は大成功。 公的資金を回収できた。
そのうえ、結果的には、経営不振銀行を有力地銀が面倒をみることになる。 小さな県に四行がひしめき合う、典型的なオーバーバンキング地域だった長崎県は、長崎市に本店を構えるJ銀行の一行だけになった。
まさに、金融庁から見れば、一石三鳥の策であった。 名づけ親はY・海軍大臣KSHDの母体となったS銀行は、一県一行の政府方針に基づき、長崎県北部の銀行が集約されて誕生した経緯がある。
一九三九年二月、S商業銀行とS銀行が合併して設立され、その後、D国立銀行ほか四行を併合した。 合併した銀行の中では、一八七九(明治一二)年二月に現在の平戸市で設立されたD国立銀行が古い歴史を持つ。
S銀行という行名は、かつて佐世保鎮守府長官を務め、S商業銀行とS銀行が合併した当時の海軍大臣、が附旭町山が命名した。 Yは、その翌年の一九四0年に総理大臣になった。
Yが揮喜した「S」の額はS銀行本店に掲げられていた。 S銀行設立の中心人物は敗戦後、大蔵大臣になるKである。
Kは京都市出身。 大阪のK銀行に入行。


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